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岡山地方裁判所 平成11年(ワ)335号 判決

原告

湯浅世治

被告

武内保昭

主文

一  被告は、原告に対し、金九八七万九七九〇円及びこれに対する平成五年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金三二一一万八〇〇七円及びこれに対する平成五年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動二輪車と普通乗用自動車の衝突事故の事案であり、原告は、民法七〇九条ないし自賠法三条に基づき、その被った損害の賠償及びこれに対する交通事故の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。

一  争いのない事実

1  本件交通事故

(一) 日時 平成五年一〇月八日午後八時二〇分頃

(二) 場所 岡山市益野町一〇番地の一先路上

(三) 原告車両 自動二輸車(運転者原告)

(四) 被告車両 普通乗用自動車(運転者、運行供用者被告)

(五) 態様 被告は、被告車両を運転中交差点内で対向車線を直進中の原告車両に気付かないまま右折したため、原告車両と接触して転倒させた。

2(一)  原告は、本件交通事故により右前腕開放性骨折、左前腕骨骨折、左上腕骨骨折、顔面挫創、頭部打撲左鼓室内出血、歯槽骨骨折、歯牙脱臼、歯牙破折、欠損歯、歯牙脱落等の傷害を負い、左記のとおり川崎医大附属川崎病院において治療を受けた。

(1) 入院 平成五年一〇月八日から平成六年一月一四日まで(九九日間)

平成八年六月二九日から同年九月五日まで(六九日間)

平成一〇年二月一六日から同年三月二日まで(一五日間)

(2) 通院 平成五年一〇月一二日から平成六年三月一〇日まで

平成六年一月一五日から平成一〇年三月二日まで

(二)  原告は、平成一〇年三月二日に最終的に症状が固定し、骨盤骨変形障害(一二級五号)、外貌醜状障害(一二級一三号)、歯牙障官(一四級二号)、左上腕骨神経症状(一四級一〇号)の後遺障害が残存し、併合一一級の後遺障害等級認定を受けた。

3  被告は、前方不注視の過失があるから民法七〇九条の責任を負い、被告車両の運行供用者として自賠法三条に基づく責任を負う。

4  被告は、加入している保険会社を通じて原告に対し治療費及び休業損害金を全額支払った。

二  争点

1  損害

(一) 原告の主張

原告は、本件交通事故により以下の損害を被った。

(1) 治療費 填補済み

(2) 付添看護費 七七万四〇〇〇円

原告の家族は、最初の入院について毎日、二回目の入院について一か月原告に付き添った。近親者の付添費は一日六〇〇〇円が相当である。

(3) 入院雑費 二七万四五〇〇円

入院総日数一八三日間につき一日一五〇〇円

(4) 通院交通費 五万一三〇〇円

実通院日数五七日間につき往復九〇〇円

(5) 休業損害 受領済み

(6) 入通院慰藉料 二五〇万円

(7) 逸失利益 二一四七万二八四七円

原告は、本件交通事故による後遺障害のうち後遺障害等級認定を受けた部分のほか、握力低下及び関節可動域制限の後遺障害が残存しており、これらによって生涯にわたり労働能力を二〇パーセント喪失した。原告は平成九年賃金センサス男子労働者産業計企業規模計学歴計三〇歳から三四歳までの年間給与額五二九万五四〇〇円を六七歳まで得られる蓋然性があったというべきであり、三六年の新ホフマン係数二〇・二七五を乗じて中間利息を控除すると、逸失利益は左記計算式のとおり算定される。

計算式 五二九万五四〇〇×〇・二×二〇・二七五=二一四七万二八四七(円)

(8) 後遺症慰藉料 四〇〇万円

(9) 眼鏡代 四万五三六〇円

(10) 弁護士費用 三〇〇万円

(二) 被告の認否反論

(1) 被告は、治療費として合計三五七万九七七四円を填補した。

(2) 付添看護の日数は平成八年七月二日から同年七月三一日までの三〇日間が相当である。

(3) 入院雑費について、入院総日数は認めるが、一日あたりの金額は一三〇〇円が相当である。

(4) 通院交通費について、往復九〇〇円を要したことは認めるが、通院に要した実日数は四二日間である。

(5) 被告は、休業損害として合計四〇一万一六七六円を支払った。

(6) 入通院慰藉料は認める。

(7) 逸失利益は否認する。後遺障害のうち、外貌醜状障害、歯牙障害は本件交通事故前後における原告の職業からみて労働能力とは無関係である。また、骨盤骨変形障害は、左上腕骨骨折の再手術施行時に左腸骨からの採骨による骨移植術を行った結果、骨盤骨に著しい変形を残したものであり、更に、関節可動域の制限もわずかに認められる程度であるから、これらによって労働や日常生活に支障が生じるものではなく、かつ、労働能力の喪失の期間も長期にわたるものではない。

(8) 後遺障害慰藉料は三〇〇万円が相当である。

(9) 眼鏡代は認める。

(10) 弁護士費用は否認する。

2  過失相殺

(一) 被告の主張

原告は、交差点進入にあたり、対向車線の右折車に注意し、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならなかったのにこれを怠った過失があり、少なくとも一割の過失相殺がされるべきである。

(二) 原告の主張

被告は、原告車両の直近で右折を開始したものであって、原告においていかに注意を払っても事故を防止することは不可能だった。したがって、原告には過失はなく、過失相殺はされるべきでない。

第三争点に対する判断

一  本件交通事故の発生、原告の受傷、通院の事実、後遺障害の残存、被告が民法七〇九条及び自賠法三条に基づく責任を負うことは当事者間に争いがない。

二  損害

1  治療費 三五七万九七七四円

乙第一〇号証ないし第二四号証によれば、原告が本件交通事故により負った傷害の治療費は頭書金額のとおりであることが認められる。

2  付添看護費 五一万六〇〇〇円

乙第一号証ないし第四号証、第七号証、第八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、初回の入院時(平成五年一〇月八日から平成六年一月一四日までの九九日間)には両腕の骨折の観血手術のため、毎日親族による付き添いを受けたこと、二回目の入院時(平成八年六月二九日から同年九月五日までの六九日間)には右前腕抜釘、左上腕骨移植術を受けたため三〇日間の付き添いを受けたことが認められるから、原告の入院期間のうち一二九日間の付添看護につき本件交通事故と相当因果関係があるというべきである。もっとも、原告本人尋問の結果によれば、原告の入院していた病院は完全介護制をとっていたことが認められるから、一日あたりの付添看護費の額を制限すべきであり、原告の受傷の内容及び程度に鑑み、付添看護費は一日あたり四〇〇〇円をもって相当と認める。

以上によれば、付添看護費は左記計算式のとおり算定される。

計算式 一二九×四〇〇〇=五一万六〇〇〇(円)

(三) 入院雑費 二三万七九〇〇円

原告の入院総日数が一八三日間であることは当事者間に争いがなく、入院中の全期間につき一日一三〇〇円の限度で本件交通事故と相当因果関係のある損害と認める。

以上によれば、入院雑費は左記計算式のとおり算定される。

計算式 一八三×一三〇〇=二三万七九〇〇(円)

(四) 通院交通費 三万七八〇〇円

原告が通院のために一往復九〇〇円を要したことは当事者間に争いがなく、乙第五号証ないし第七号証、第九号証ないし第一八号証によれば、診療報酬明細書に記載された通院実日数は五七日間であるが、歯科通院日数のうち乙第一四号証に記載された平成五年一〇月一二日から平成六年一月一四日までの実通院日数一五日間は入院期間と重なっていることが認められるから、現実に自宅から通院した日数は四二日間であり、その全てが本件交通事故と相当因果関係があると認められる。

以上によれば、通院交通費は左記計算式のとおり算定される。

計算式 四二×九〇〇=三万七八〇〇(円)

(五) 休業損害 四〇一万一六七六円

甲第一四号証、第一五号証、乙第二五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件交通事故前は株式会社三浦組で大工として勤務する傍ら農業にも従事していたこと、本件交通事故と相当因果関係のある休業損害は頭書金額のとおりであることが認められる。

(六) 入通院慰藉料 二五〇万円

争いがない。

(七) 逸失利益 二五一万四九〇一円

原告に本件交通事故の後遺障害として外貌醜状障害、歯牙障害及び骨盤骨変形障害が残存していることは当事者間に争いがないが、うち外貌醜状障害及び歯牙障害については、後遺障害の内容、性質、原告の性別、職業に照らし、これらの後遺障害が具体的な減収に結びつくと認めることはできない。また、甲第四号証、乙第九号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、骨盤骨変形障害は、左上腕骨骨折の再手術施行時に左腸骨からの採骨による骨移植術を行ったことによるものと認められ、労働や日常生活に支障が生じるものと解することはできず、かつ、将来的にみても右骨移植術が労働能力に影響を及ぼす潜在的可能性を残すものと認めるに足りる証拠もない。

そうすると、後遺障害等級認定を受けた後遺障害の中では、左上腕骨の神経症状のみが原告の労働能力に影響を与えているものと認められる。しかし、甲第四号証、第一六号証によれば、原告は後遺障害等級認定の後遺障害の他に本件交通事故により握力が三五パーセント低下し、手関節の可動域が一一パーセント制限され、就労及び日常生活に影響を与えていることが認められる。

以上の認定事実を総合すると、生涯にわたり後遺障害等級認定どおりの一一級に相当する二〇パーセントの労働能力を喪失したと解することは相当でないとしても、原告に生じた後遺障害の部位、内容及び程度、原告の職業等を考慮すれば、症状固定後五年間にわたり、即ち満三一歳から満三五歳までの間、一二級に相当する一四パーセントの労働能力を喪失したと解することが相当と認められる。また、乙第二五号証ないし第二七号証及び原告本人尋問の結果によれば、事故前と現在とを比較して原告に現実の減収が生じていないことが認められるが、原告本人尋問の結果によれば、原告は二一歳から建築業界の仕事に携わり、平成五年六月一日から株式会社三浦組に勤務して宮大工を志していたが、本件交通事故の半年位後に宮大工を断念して退職し、その後、二級建築士の資格を取得し、現場監督の仕事をした後、現在は積算、設計の仕事をしていることが認められ、現実の減収は生じていないのは原告の不断の努力によるものであるというべきであるから、逸失利益を否定することは相当でない。

そして、原告が事故時二六歳と比較的若年で、定職に就き、かつ農業にも従事していたことからすれば、逸失利益の基礎となる収入を平成九年賃金センサス男子労働者産業計企業規模計学歴計三〇歳から三四歳までの年間給与額五二九万五四〇〇円とすることが相当であり、事故時より労働能力喪失期間の終期までの一〇年のライプニッツ係数七・七二一七から事故時より症状固定時までの五年のライプニッツ係数四・三二九四を引いた三・三九二三を乗じて中間利息を控除すると、逸失利益は左記計算式のとおり算定される。

計算式 五二九万五四〇〇×〇・一四×三・三九二三=二五一万四九〇一(円)

(八) 後遺症慰藉料 四〇〇万円

原告は後遺障害併合一一級の認定を受けたことは当事者間に争いがなく、前記認定において逸失利益を制限的に認定したことを慰藉料の算定において勘案し、後遺症慰藉料の額は当初金額をもって相当と認める。

(九) 眼鏡代 四万五三六〇円

当事者間に争いがない。

三  過失相殺

1  甲第九号証、第一七号証及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 事故現場は信号機により交通整理がされた交差点である。原告車両と被告車両の走行していた道路は、東西方向に伸びる中央線で区切られた上下各一車線で制限時速四〇キロメートルの道路であり、交差点において右折専用車線は設けられていない。右と交差して南北方向に伸びる道路は中央線で区切られていない隘路であり、事故現場以北は制限時速三〇キロメートルである。

(二) 事故時、原告車両と被告車両の対面信号はともに青色を示していた。原告は、原告車両を運転して時速四〇キロメートルで西方に直進していたが、事故現場の交差点直前の停止線付近において被告車両の存在に気付いたが、速度を緩めずに直進して交差点を通過しようとしたところ、被告が原告車両の存在に気付かないまま被告車両を原告車両の直前で右折させたため、被告車両左側面と原告車両前部が衝突した。

2  交差点において、対面信号が青色を示している場合、直進車は対向右折車に優先して交差点を通過することができ、右折車は対向直進車の有無及び動向を注視し、その進路を妨害せずに右折すべき注意義務があったというべきであって、また、原告車両が自動二輪車で被告車両が普通乗用自動車であったことからみても、基本的には被告が重い注意義務を負っていたというべきである。そして、右認定のとおり、被告は交差点において原告車両が近接した距離に迫っていたことを認識可能であったにもかかわらず右折を開始したものであって、原告において回避ないし制動措置をとって衝突若しくは損害の拡大を防止することは困難であったと認められるが、被告車両の損傷部位が左側面部であり、本件交通事故の被告に対する略式命令中の罪となるべき事実の記載上被告車両が時速一五キロメートルで走行していたことになっていること(乙第二八号証)からみて、被告車両が右折を開始してから衝突まで全く間がなかったわけではないと推察され、原告において回避ないし制動措置をとって回避ないし損害拡大防止を図ることが全く不可能だったとまではいえないから、損害の公平な分担の見地から原告の被った総損害から五分の過失相殺をすることが相当と認める。

四  損害の填補

被告がその加入している保険会社を通じて治療費及び休業損害を全額填補したことは当事者間に争いがない。

五  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であり、原告の損害額、事案の性質及び難易度等の事情に照らし、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用は九〇万円と認める。

六  よって、原告の請求は、九八七万九七九〇円及びこれに対する本件不法行為の日である平成五年一〇月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 酒井良介)

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